今日も昨日同様に、降ったり晴れたりの天気になりそうです。

さて昨日は最近また、本を読み始めた、とお話ししました。
こんなことを書くと、さも子供のころから読書好き、と思われるかもしれませんが、実は文庫本や小説と言った読書は大嫌いでした。

読書

実家はけっして裕福ではなかったのですが、本はたくさん棚に並んでいました。
ただ百科事典などが多く、「わからないことがあれば人に聞かず、自分で調べなさい」と親によく言われた記憶があります。

小説を読みなさい!と父親からよく言われたことも覚えていますが、そんな本を読むより外で遊びまわっていた方が楽しかったのも覚えています。

ただ親の言うことは、聞いておくものです。
そんな読書嫌いなつけが、中学生になったころから回ってくるようになりました。

特に中間テストとか期末テストでは、国語の試験が一番嫌いでした。
説明文の問題と漢字は正解なのに、小説のような分野はいくら考えても正解にならなかったものです。
国語の授業では、突拍子もないことを言って笑われて、手を挙げることが嫌になった記憶もあります。
通知表も国語だけが悪く、うんざりしたのを覚えています。

夏休みの読書の宿題も、しっかり読んだ記憶はありません。
いい加減に感想を書いて、提出していました。
先生スミマセン。

それでも高校・大学までは国語の試験はあったものの、それほど困ることはありませんでした。
ただ教師になると、国語力がないことは致命的でした。

まず説明が上手にできないこと。
文章を組み立てて、中学生にも分かり易く説明するには、やはり国語力が必要でした。
ただこれは経験でなんとか克服できたのですが、一番の問題は通知表の所見書きでした。

通知表所見

3行程度の文字数で、その生徒の学期中の学業や生活を、親御さんにもわかるように書くのは、国語が苦手な私にはとても苦痛でした。
それが40人分で、1年のうちに3回あります。
その時の辛さは、今でも夢に出てくるほどです。

ただ赴任校が2校目に変わったとき、電車通勤になりました。
この通勤時間に本を読もうと、思いつきました。(おそらく)
最初はすぐ飽きて、読んではすぐに本を閉じていましたが、徐々に慣れてゆき、通勤時間が短く感じたものです。
本を読みだすようになると、通知表の所見書きもそれほど苦にならなくなりました。
決められた文字数の中で、内容を盛り込んで、分かり易く書くこともできるようになりました。

人に物事を説明する力も、本を読むことで、力がついてきたように思います。
それはダイビングの仕事に変わっても、生かされていると思います。

本があれだけ嫌いだった私が、どうして本を読むことが好きになったのか?
お酒が全然飲めなかった自分が、今ではお酒が好きなのと似ているのかな?
深く考えたことはないですが、人間って不思議なものですね。